サワコの朝

サワコの朝 2017年9月23日
この半年ドラマ「安らぎの郷」で非常に話題になりました。
石坂浩二さんです。
石坂浩二
生年月日:1941年6月20日 
出身地:東京府東京市京橋区生まれの大田区田園調布育ち
元奥様は女優の浅丘ルリ子さん 2000年に離婚されました)

今年76才?そういう背中じゃないですね


石坂さん
ーそんなことはないんですけどね、芝居の時は努めて(背中を丸めて)こうしてました。

むしろ、ちょっとおじいちゃんぽくしてましたか?


石坂さん
ーはい、けどね、始まってすぐヘルニアをやったの。

治ったんですか?

石坂さん
ーおかげさまでこの間、最終的にMRIを撮ったら消えてました.

消えますか?

石坂さん
ー消えました、に自分の体が出したものですからね、最終的に吸収したんですね。ちゃんちゃん。


早速博識ぶりを発揮!



カメラまわる前にすでに・・・
このテーブルの脚はコリント式?


石坂さん
ー裏を見てみないとわかんないんだけどドーリア式とコリント式、イオニア式がある。

テーブルの脚の話で盛り上がっちゃって、何のお話を聞くんだったか忘れちゃいそうですけど、まずは安らぎの郷のお話をさせて頂きたいんですが、倉本さんから話が来たわけですか?

石坂さん
ーそうです

一緒に老人ホームに入ってる人たちが、浅丘ルリ子さん、加賀まりこさん。過去にいろいろあったというような人たちについては抵抗は?

石坂さん
ーそういう人たちもいるんだけどどう?って

なんておっしゃたの?

石坂さん
ー全然そんなの構いませんって。芝居ですからねぇ。3人で対談を半年間って言われれば、嫌ですよ。
種尽きますからね。最後殴り合いでもして終わっちゃうかも

やりにくいとか、面白いとか逆に?

石坂さん
ーやりにくいってことは全くありませんでした。面白いのは、あの人たちの芝居は良く知ってますし、こういう風に変わって来たとか、(変化)は思いますよね。

最近浅丘ルリ子さんにお会いしたら、兵ちゃんが(石坂浩二さんの本名は武藤 兵吉で愛称は兵ちゃん。)上手くなったのよっておっしゃってましたよ。

石坂さん
ー有難いですね。やっぱりあの方はずば抜けて上手いですね。

若い頃からお上手だったって評判ですけれども。

石坂さん
ーなんで、どう上手いんだろうって、やっぱり一生懸命研究なりしましたよ。盗めるところがあるならっていうのは今でもあります。いろんな人の芝居を見て、上手いなーって思えば手の動きだったのか肩の揺らし方だったのか。

野際陽子さんと最後のやりとり


石坂さんが野際陽子さんのお体の具合がある言事はどのぐらいわかったらっしゃったんですか?

石坂さん
ーいや、ご自分でおっしゃってたんで。
最後の方は近くに酸素吸入がいるほど、1日か2日だけですけどね。
ちょっと撮影をすると酸素吸入をしないと苦しそうな感じ。
それで入院されて10日ほどで亡くなられて。

まさかこんなに早く?

石坂さん
ーぜんぜん思ってなかった。
というのは、走って会うというシーン。
野際さんとお芝居ができるていうのはほんとに楽しかったですね。
野際さんが、長ーい台詞をザーッとおっしゃるんですけれども、もっとこういう気持ちがあるんじゃないの?って話を自分で勝手に作ってこうかも知れないって。
僕もそうかも知れないって。
そうそう、そういう風にやりましょうよってそういう話になってやったんですけれど、これはね、よく考えたら、野際さんと僕の2人しかわからないんです。
見て下さる方そこまで絶対にわからないと思う。


演出家に説明されたわけじゃないですからねぇ

石坂さん
ー2人で作っちゃったから。
そういう事が出来ることが楽しかったんです。

社会現象というか、ドラマの効果をどうご覧になってるんですか?

石坂さん
ー放送が始まってすぐに、同窓会()慶応高校)があったんですけど、みんな興奮してるんですよ。
スゴイいいのやってるねって。
だからこの世代には結構受けるんだなーって。
みんなに見るようにメール出してんだよって言ってくれて、ありがとうって。
ほんと「木漏れ日の郷」はって。
ん?「安らぎの郷」だよ。

記 憶 の 中 で ら め く

中学時代に音楽好きの扉を開いた曲

石坂さん
ーロミオとジュリエットっていう悲劇があって、今でも聞くんですよ。
LPが最初に出たのって何枚もないんですよね。その中にシャルル・ミンシュ指揮、ボストンフィルハーモニーって言うのがあって、で当時の仲間たちはボストンフィルハーモニー?そんなの2流だろっみたいな事言ったんですよ。

当時の中学生はそんな話をしたんですか?


石坂さん
ーんー。僕は小学校は普通で、中学校から慶応。
幼稚舎から慶応の奴らが生意気なんですよ!
ドラクロワだ、何だとか言うんです。
ぼくはカルチャーショックを受けましたね。
勉強よりも会話に追いつくのが大変でした。

民放開局でチャンスをつかんだ。

演劇に興味を持ったというのは?

石坂さん
ー高等学校の頃ですかね。民放ができたんです。

石坂さん、民放ができたの高校生の頃だったんですか?

石坂さん
ーはいはい
先輩が劇団を作ってて、その先輩のお姉さまがTBSの偉い方と結婚なさった。で、その伝手でエキストラをやらせてもらったんです。劇団の費用欲しさにお願いだから出してって。それから長い事やってたのでエキストラが上手くなっちゃって。

生放送ドラマでエキストラを

どんなエキストラやってたんですか?


石坂さん
ーエキストラって1本のドラマで大体4役ぐらいやるんです。

4役も?


石坂さん
ー生放送ですからね。
着替えていろんな人がやれる。
昔はセットの中で街もあったんです、そこをすれ違う人とか。

その当時家にはテレビはなかったんですけど、近くの友達の家にはテレビがあったので、必ず今日〇〇時にこういう番組があるって言ってから行くんです、帰って「今日はどうだった映ってた?」と聞くと「今日はわかんなかったー」と

どこに出てるかわかんなかったと
台詞はないんだけどいろんな役をやられてた?



石坂さん
ーやってました。
役者やってて一番楽しいのは、こんなに近くで、憧れの人とかいろんな人の芝居が、こんな近くで見られるなんてないな。
特等席みたいなところで見られるなんて。
越路吹雪さんと共演させていただいた時は自分が何をやってるのか全く忘れて、ひたすら見てましたから。

今では考えられない生放送ドラマ


石坂さん
ーエキストラが長かったせいでスタジオが怖くなかったというのもすごくプラスしたんですよ。

実際に失敗はなかったんですか?

石坂さん
ー1回目で失敗が1個だけあって、前後は全然覚えてないんだけど、私が立っててパーンして部屋に入ってかけてあるジャンパーを着るっていうシーンだったのに、もう着て出ちゃったの。
着て立っちゃってて、あれ、と思って脱いで投げました。


聞いてるだけだとそういうドラマ楽しそうですね。

石坂さん
ー生放送はね、台詞を忘れるとどのぐらい大変かというと、周りが大変なんですよ。
だって5~6人が話してて1人が台詞を忘れるとどうなるかって言うと、その人じゃない人がアップになるんです。
その人の台本を持ってADがすーっと来るんです。
その間みんな言うことないから「うーん、そう」とか言いながら頷いてるんです。


石坂さんが関わったテレビの中で初めての事が多いという事でまとめてみました。

・初めてのカラー放送大河ドラマ
「天と地と」1969年 主演
・角川映画初作品で初めての″金田一耕助像″
「犬神家の一族」1976年 主演
・ウルトラマンシリーズ第1弾のナレーション
「ウルトラQ」1965年収録
・元祖"ウンチク博識俳優"
「世界まるごとHOWマッチ」1983年
「開運なんでも鑑定団」1994年

カラー放送になって変わった事


初めてのカラー放送になった時は出演者になにか影響はあったんですか?

石坂さん
ー1番は、小道具など、鎧が高めになりましたよね、わりと本物に近いもの。
僕が着た最後のものは重要文化財に近いものだったの。
だから馬から落ちそうになると、みんな「鎧がっ!鎧がっ!」って言うの。

ちょっと本物化していったというか?

石坂さん
ーそうですね。質感までわかるようになった。

白黒のころは誤魔化せるっていうか?

石坂さん
ー割りと雑だったというか。
白黒の時には、ほっぺたを三角に白く塗ってた女優さんがいたるですよ、膨らんで見えるように。

生で見たらビックリするような?


石坂さん
ー相手だったら嫌ですよね、白い三角を2個つけたおばさんが前に居て。

昔は工夫してたんですね。

石坂さん
ーそういう事だねぇー。


角川映画の初について

石坂さん
ー金田一耕助は7人目だったんだけどね。

初代は片岡千恵蔵さん

片岡千恵蔵
スーツにお帽子ですねー

7人目だったんですか、それで初めて着物着て下駄はかせたんですか?


石坂さん
ーヨレヨレでね。

市川崑監督からお電話いただいた時、ダブルのスーツ着て、ピストルを両手にピッと持ってペンペンって打つ金田一さんなんです。・・・、僕ちょっと合わないと思いますって言ったんです。
そしたら、それは大間違いだって言うんです。
ちゃんと原作を読みなさいって怒られた。
原作を読んだらもう一回電話するからって言われた。それで急いで読んでみたら、あっ和服なんだと。衣装さんじゃなくて自分で着なさいと言われて自分で着てました。
そうすると少しだらしなくなっちゃうんです。
「そうじゃなきゃおかしいって、金田一は衣装さんついてないんだから」って。

金田一のフケは石坂さん渾身のアイディア


それで頭ぼさぼさだし


石坂さん
ー頭ぼさぼさでねー、もうちょっと伸ばせって言われたり。

ある意味それまで、どっちかって言うと、ホントに慶応BOYの王子様みたいな感じだったのに、フケが飛んできそうなイメージの役で。

石坂さん
ーほんとフケを飛ばすの苦労したんですよ。
その頃資生堂の提供の番組をやってたんです、その資生堂の理容部長さんがとっても良い方で、フケになるようなものはないですかって相談したんですよ、あなたね、化粧品家ってのは人をキレイにしようと日夜努力してるの。そんな私にフケの事をどうして聞くの?って言われたの。
でも、雲母ケイ素が意外にいいかもしれないって教えてくれて。
雲母の小さい破片がフケっぽいんですよ。ところが映画を撮って次の日に見るとフケが落ちる時に光ってる、キラッキラッって。
監督が「アカン」と。
それで、山形食パンの山のところを自分で揉んで、パン粉みたいにしてそれに「との粉」っていう塗料の原料を混ぜて、フライパンで炒って乾燥させて、髪の毛の中に詰め込んで。
それがOKになった。

それ石坂さんが考えられたんですか?

石坂さん
ーそうです。

普通は小道具さんとかでは?

石坂さん
ーこれいろんなところでウソが書かれてるんですが、私が考えて、その後おやりになった方にもその通り伝授して。
発売しようと思ったくらいです。

特許とったほうがいいんじゃないですか?

石坂さん
ーフケ粉って?

フケ粉
でもまあ、これだけの経験とたくさんのものを見てらして。



何もないから想像力が培われた。



石坂さん
ーそう思うといい時代を生きてきたのかなと。
何にもない時代から、急にわーっとものが溢れて幸せいっぱいじゃないですか。
上手くできてますよね。

自宅が接収され米兵と同居

石坂さん
ー1番忘れられないのは、うちは接収されたんですよね。
(*接収:
国家などが所有物を取り上げること)

お家を?

石坂さん
ーはい。
それですぐにアメリカ軍のお偉いさんがきて、私たち端っこに住んでその人たちが2階の洋間と1階の客間を使っていた。
毎朝起こしてくれって言われて、僕が起こす役だったんですよ。
そしたらそのご褒美に代々木ハイツに連れて行ってやるって。
今のNHKがあるところですけど代々木公園。全部芝生で白い家がデーンって建ってて真ん中にスーパーがあったんです。
そのスーパーに入った時は目がくらみました。
こんなに明るいところがあるのかと。

それは何年くらいですか?


石坂さん
ー昭和の22~23年くらい。

でも、家の中にアメリカの兵隊さんがいるっていうこと自体も貴重な経験ですね。

石坂さん
ーそうですね。

こう言っちゃあ何ですけど、この前まで鬼畜米兵って言ってたのに。

石坂さん
ー鬼畜米兵、マッカーサーって書いたものを立てておもちゃのピストルで🔫プチって打ったてたのに。

そんな遊びしてたんですか?


チャーチル、ピチっってやってた。
全然鬼畜でもなんでもなくて、陽気なおじさんだったので。
コカ・コーラくれました。ちゃんとジープの色の軍用色になってました。
それでコカ・コーラカンパニーって小さく書いてあった。

76才でも記憶力を発揮する方法



だんだん物忘れが進むという不安は?


石坂さん
ー進んでるんだろうとは思いますけど、覚えなくていい事は覚えないようにします。
それが覚えておかないといけないものを覚えておくコツだと思うんです。
台詞を覚える時は、一切他の物を覚えないでしょ。人の顔から何から全部忘れて。

敢えて?

石坂さん
ーはい。それが上手くできると、脳に隙間が空いてるから台詞がプシュッと入る。

例えば読みたい本がいっぱいあるのに「安らぎの郷」やってる間は?


石坂さん
ーほったらかしてましたね。本は読まないようにしてました。

台詞は人格を現す

石坂さん
ー台本読んだ時に、言い回し的にひっかかってどうしてもダメな時が何か所か必ずあるんですよね、ドラマでも。

倉本さんは台本に書いたままじゃないといけない人ですか?


石坂さん
ー倉本さんだけじゃなくて台本書いてる人は多分、台本通りにやってもらいたいと思ってるんですよ。

じゃあそれは守られる?

石坂さん
ーはい守ります。

語尾でも?

石坂さん
ーその語尾がね「よ」っていう人と「わ」っていう人、人格が違うと思うんです。

そうですね。

石坂さん
ーだから「よ」って書いてたら「よ」って言う人の人格を演じないといけない。だから「よ」じゃないとダメなんでしょう。

雨だわ、っていう人と今日は雨だよって言う人

石坂さん
ー雨だって言う人もいるし、作家のヒントというか役作りのヒントとして語尾があると思う。

そうかー、さすが重用されるわけだ。

石坂さん
ー声の出し方には短調と長調がある。
年を取ってくるとそういう声の言い回しが上手くなってくるんですね。









石坂さん
ーショパンのピアノソナタ3番の出だしのところが好きでよく聞くんですが、大体台詞が覚えられないでイライラした時に聞く曲です。そこのところを聞くと何となくスッキリして、コノヤローと思ってまたやる気になるんですよ。

おまじないみたいなものですか?

石坂さん
ーおまじないというよりはパブロフ的なものです。


石坂さん
ーわかるでしょ?頭、混乱してるんですよ。
やっと主題が出てくるんですけど、そこがすごく良くて、だいたいその辺までイライラして聞いてるんですが、この曲の辺りが「まぁまぁいいじゃないの」って言ってくれるんです。

最近も興味はどんどん広がっていってらっしゃるんですか?

石坂さん
ー今1番、興味あるのは数学なんですよね。
πの3.14の値も今22億桁くらいいってるって言うでしょ、そこまで言ってもまだ法則性が出てこないって。なんかあるんじゃないかなーって気がするじゃないですか、あれは無理数ですよね。

もう無理って?


石坂さん
ー上手いこと言うなー

とっても若々しい石坂浩二さんでした。
サワコさんがいつもよりリラックスされてるように見受けられました。
たぶんお2人は波長が合うんでしょうねー。


  
         



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