ヒヒの女王 トゥブの物語 2 


そして、ある夜トゥブの幸運な子ども時代は突如終わりを迎えます。

寝る前はいつもと同じでした。


寝床の特等席を巡って姉とケンカをしてから、母と並んでみな一緒に眠りにつきました。

食べて遊んで毛づくろいをして眠る。
幸せな日常は、突然の悲劇が起きるという事を忘れさせます。

アフリカにはこんなことわざがあります。

"死は泥棒のようなもの"
前もって訪れを知らせることは決してない。


翌朝、群れが恐ろしい事態に見舞われたのは明らかでした。

オスが警告の声を発しています。

ヒヒたちは不安気に辺りを警戒しています。
ヒョウがヒヒを一匹襲ったのです。

トゥブ4

群れのヒヒたちが移動する中トゥブだけは動きません。
ヒョウに体を引き裂かれたのはトゥブの母親でした。

トゥブ5

明け方から夜更けまでトゥブは母親を探し続けました。
トゥブ11

母を呼んでも、もう返事はありません。

トゥブ10
<母親を呼ぶトゥブの声・・・涙、涙>

トゥブが失ったのは母親だけではありません。
女王の座を受け継ぐ権利も失いました。
トゥブはメスのトップに立つにはまだ幼すぎます。

女王の座は姉に譲り、トゥブは2番目の地位に就くことになります。

母親の支えを失ったトゥブは、これから自分の力だけで生きなければなりません。
トゥブは既に3才。
何とか自立できる年齢です。
しかしアフリカの大自然を生き抜くのは容易ではありません。

トゥブ13
<母を亡くしたトゥブ、1人で川を渡ります>

わが身を守ってくれる仲間が必要となります。

母親の死から数か月、トゥブは群れの幼いヒヒのお母さん役をしながら過ごしています。
いじめっ子から幼子を守り、抱っこして安全な場所まで連れて行きます。
時には自分より地位の低いメスの赤ちゃんをさらってしまう事もあります。

トゥブ7
<他のヒヒの赤ちゃんを抱きしめるトゥブ>

トゥブを敬う母親は赤ちゃんを取り戻そうとはしません。
しかしトゥブが愛情をこめて抱きかかえても、赤ちゃんは腕の中から逃げ出します。
すぐに母親が赤ちゃんを連れて行きました。


トゥブの姉は今や堂々たる群れの女王です。
階級が下のメスたちは自分の立場を思い知らされます。
姉は自らの地位をしっかりと受け止めています。



 
月日は流れトゥブは5才になりました。


大切な節目の時期を迎えようとしています。
ピンクに腫れたお尻は発情期を迎えたしるしです。
子どもを作る準備が整いました。

トゥブに目をつけたのは幼馴染みのジャオです。
いたずらっ子も成長してすっかり大人になりました。
トゥブは相変わらずジャオが苦手です。

しかし、今やジャオにとってトゥブは単なるいたずら相手ではありません。
恋愛の対象です。
トゥブを追いかけます。
木の上まで迫りました。
ところが急に動きが止まってしまいます。

緊張したのでしょうか?

ジャオのぎこちないアプローチにトゥブの心は少しも揺らぎません。
それどころか逆にジャオに対してトゥブが優位に立ちました。

ジャオはあえなく失恋💔しました。

こうなるともはや群れの中にいても、ジャオの未来はなくなります。
他にチャンスを求めるしかありません。
その日の午後ジャオは群れを去り2度と戻ってきませんでした。

一方トゥブは木の上から宿敵を発見します。

ヒョウです。

トゥブは警告を発しインパラたちに知らせます。

ヒョウには子どもがいました。まだ幼く母親に頼りっきりです。
メスのヒョウは親子2頭分の食料を得る必要があります。

しかし母親のヒョウの獲物は時には子どもにとって最も危険な敵となります。
ヒヒは子どものヒョウを襲う事があるからです。幼いヒョウが生き延びるためには身を隠して危険を避けるのが一番です。




一年後、トゥブは親になりました。


かつて自分が母親と結んだ特別な絆を、これから子どもと築いていきます。
そして何より、娘の誕生は、トゥブが群れの中で一人前の大人として認められることを意味します。
こうしてトゥブは女王の座に就く権利を再び得ることができたのです。

生れたばかりの赤ちゃんに群れの仲間はいつも興味津々です。
トゥブの娘となれば関心はさらに高まります。
群れのメスが次々に会いにやってきました。
少しでも赤ちゃんを抱かせてもらおうと、トゥブに声をかけ機嫌を伺います。

母親の子育てを見てトゥブが学んだ教訓

それは子どもの父親との関係を大切にすることです。

トゥブは娘の父親であるオスの毛づくろいを欠かしません。

トゥブ9

一緒に過ごすことで常に子供を守ってもらおうとしています。
トゥブの作戦は見事に成功しています。
母親と娘に危険が及ぶとすぐに父親が解決してくれます。

それでも、父親は子どもの存在を忘れてしまう事があります。

そんな時は子どもが遠くに行かないように群れの仲間が世話をしてくれます。

ようやく訪れた幸せな日々
しかし新たな試練が迫っていました。

ある日大きな火事が起こります

辺り一面が焼き尽くされました。

トゥブたちに、ほとんどなすすべがありませんでした。

翌朝もやと煙に包まれた大地をヒヒたちは移動していきます。
食べるものが何か残っていないか探すため。
群れは焼け野原を何キロもさまよいました。

家事は群れの行動範囲の半分を焼き尽くしました。
乳飲み子を抱えたトゥブは、何とか栄養を取らなければなりません。
大火事は群れの序列にも影響を及ぼしました。

トゥブは姉と争い女王の地位を奪ったのです。

トゥブが群れの新たな女王となりました。

新女王はさっそく食糧探しに精を出します。
甘くて水分たっぷりのヤシの幹が、家事で簡単に折れるようになっていました。
願ってもないご馳走です。
すぐに他のヒヒたちも続きます。
家事によってもたらされた数少ない恵みです。
サバンナに住むヒヒたちは環境がどのように変化しようと素早く適応することで繁栄してきました。
アフリカで最も数が多く生息範囲の広い霊長類の一つです。

トゥブと姉の地位は逆転しましたが、姉は新しい地位を受け入れています。

トゥブの一族はこれまで何世代もそうだったように、引き続き群れのトップに君臨します。
母親から受け継いだレガシーはトゥブの中で生き続けます。

*レガシーってどういう意味?調べました。
・遺産
・先人の遺物
・受け継いだもの
・形見
・時代遅れのもの

いくつもの季節が過ぎ、子どものヒョウは成長しました。
既に母親のそばを離れています。
かつて無防備だった幼子は今や優れたハンターとなりました。

母親は数多くの困難を乗り越え、我が子を危険から守り抜き、そして一人立ちさせました。

トゥブとその群れにとっては警戒すべき敵が一頭増えた事になります。


毎年夏になると生まれたばかりのインパラの子どもがヒョウの一番の獲物となります。
ヒョウは最も恐ろしい敵です。

ところが突然別の敵が現れました!

メスのヒヒが狩りをすることは滅多にありません。
しかしトゥブは子どものインパラを狙っています。
ヒョウとヒヒ別々の敵から、インパラの子どもは同時に狙われています。

トゥブはヒョウと同じ恐るべきハンターとなりました。

トゥブはインパラを味わいつくしてはいません。
途中でオスに奪われたからです。
オスは自分の空腹が満たされるまで獲物を手放しません。
更にイボイノシシがおこぼれにあずかろうと近づいてきますが、無駄でした。

トゥブは大人しく待っていればオスの食べ残しにありつけるとわかっています。

驚いたことにインパラはその後もヒヒの近くで過ごしています。

ヒヒの事を恐ろしいとはみなしていないようです。

母親、女王、ハンター
トゥブは全ての地位を極めました。
しかし痛みや悲しみと無縁だったわけではありません。
ヒョウに襲われて深い傷を負ったこともあります。
コブラの毒で何日も目が見えなくなりました。
子どもを亡くし小さな亡骸を何日も抱いていたこともあります。
それでもトゥブは生き抜きました。

一族の数は増え絆は一段と深まっています。

トゥブが育てた息子たちは大人になった群れを離れ、成長した娘たちはそれぞれたくさんの子供を産みました。やがて時が来れば娘たちの誰かが女王の座に就くことになります。
トゥブは自分を苦しめたオスたちよりも長生きしました。

もう長い間、諍いも起きていません。

長く生き続けることがついには最良の武器となったのです。

インパラはヒヒと共に生きてきました。
毎年夏、数匹のインパラの子どもが、トゥブとその仲間たちの犠牲になることも変わりありません。

トゥブは25才になりました。
もう群れの移動には付いていけません。
ある朝目覚めると1人取り残されていました。
仲間を呼んでも返事はありません。

アフリカの大自然で群れを失った孤独なヒヒが生きて行ける場所はありません。


トゥブは長く豊かな一生を送ってきました。
他のメスの2倍長生きし、懸命に群れをまとめてきました。
とうとう最期の時が来たのでしょうか。
その日、トゥブは何時間も木の上で、遠くを眺めていました。

もしかしたら群れの呼ぶ声が聞こえてきたのかもしれません。
年老いたヒヒの女王トゥブは水を渡り草原の向こうへと消えていきました・・・。