サワコの朝

サワコの朝 #344

 2018年9月8日、今日のゲストは、まぎれもなく演歌界の貴公子でいらっしゃいます。♪ズンズンズンズンドコの氷川きよしさんです。

氷川きよし2
氷川さんは白いスタイリッシュな椅子を選びました。


サワコさん
20周年?

氷川さん
はい、来年20周年です。

サワコさん
もうそんなになるんですか!デビューして3年目に雑誌の対談にお出に頂いて。

氷川さん
はい、緊張して。

サワコさん
あれから着々とヒットして大きくなっ、いやもう大きいけどね

2000年20才の時に「箱根八里の半次郎」で歌手デビューするや数々の新人賞を総ナメに。

演歌界の常識にとらわれず、次々と新しいスタイルで歌い続けています。

高い歌唱力で幅広い人々からの支持を受けている氷川さんですが、実は・・・

氷川きよし1

「コブシが何なのか分らなかった・・・

コブシがまわらなかったのでずーっといろんな人の演歌を聞いて

今日は41才になった氷川さんが挑戦する新しい歌の世界に迫りまーす

生年月日1977年9月6日 (年齢 41歳)
出身地福岡市南区
身長178 cm

体重:62kg

血液型:A型

サワコさん
ちょうど2000年んデビューなさって

氷川さん
はい。2000年の2月22日、22才。当時のマネージャーさんが全部2で揃えてって。

サワコさん
それだったら忘れないもんね、何日だったっけななんて

来年は20周年でいろんな準備をされてると思いますが、年間全国各地をコンサートで回って?

氷川さん
年間通して70ヶ所

サワコさん
大変でしょ?

氷川さん
有難いですね。ファンの皆様が氷川きよしを作ってくださったんだなって。こういう氷川きよしでないといけないんだっていうのを皆さんが僕に伝えてくれたって言うか、喜ばれることが僕は嬉しいので。

こういう風にした方が喜ばれるかな、とかいう風にして20代は勉強の日々でしたね。

サワコさん
今日は2曲選んできてもらっていますまず1曲目


記 憶 の 中 で ら め く

氷川さん
森口博子さんが歌っていたガンダムの主題歌でETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~

中学生まではポップス歌手に憧れていたので


サワコさん
歌手になりたいと思っていたの?

氷川さん
歌手になりたい気持ちはあったんですけど、歌いたいって気持ちもあったんですけど、テレビに出るって言うのは自分とは全く次元の違う話だと思っていたので。ぼくが通っていた高宮小学校の一番の先輩がタモリさん、そして高橋真梨子さん

サワコさん
あの歌の上手い高橋真梨子さん

氷川さん
はい。そして森口博子さん。


サワコさん
みんな歌が上手いのね

氷川さん
はい。そして博多華丸の大吉さん。
中学の時に森口先輩がすごく活躍されていて、ドキュメントの番組で高宮中学校に来るシーンがあって、何か近く感じて、自分ももしかしてそういう歌の道に行けるんじゃないかなって錯覚してしまって。

サワコさん
それまでは東京だしテレビの世界は自分には縁がないと思ってたのに、森口さんが繋いで線になった

氷川さん
ーはい

サワコさん
それで森口さんをきっかけにして

氷川さん
ーそれをテレビで聞いて覚えてみんなの前で歌ったら

サワコさん
練習して

氷川さん
ーはい、練習して。当時ボク丸刈りだったんですよ

サワコさん
そういうキビシイ中学なの?


氷川さん
小学校から中学校に上がる時、泣きましたもん。


サワコさん
泣いたの?

氷川さん
それまで普通に長くしてたから


サワコさん
小学校は普通だった?

氷川さん
中学校に上がるからって切られた時に、なんでだろう・・・って。
まっ、それはいいとして。そのETERNAL WINDを歌って

サワコさん
丸刈りで

氷川さん
そう、丸刈りでみんなの前で歌ったら「きよし、上手いね。歌手になれるっちゃないと?」って言われて、錯覚しちゃって。じゃあちょっとオーディション受けようって事になって、平尾昌晃先生のスクールの福岡校のオーディションを受けて、平尾先生が目の前におられて、緊張しながら、マイクを持って丸刈りでETERNAL WINDを歌って。当時まだ声がすごく高くて。んで合格したんですけど平尾先生の教室に通うのは、金銭的な理由で通えなかったんで諦めて。親にも出してもらえなくて、アルバイトも新聞配達とかもしたんですけど。

サワコさん
それで歌手になりたい気持ちはどんどん募っていって?

氷川さん
はい、そして高校に入って、その高校に芸能教室って言うのがあったんですよ。

サワコさん
それも面白いですね

氷川さん
いろんな講座があったんです。55の講座があってROCK講座もあった。
プロフェッショナルな先生が教えに来られて、何かやりたいと思ったんです。悩んで末に芸能講座にしました。

サワコさん
その講座に入ってみたら、歌手になりたい人達とか?

氷川さん
100人くらいいました。

サワコさん
さすが福岡ねー。歌が好きなんですね、プロの先生に習うわけですか?


高校生で初めて触れた演歌の世界

氷川さん
プロの先生が、おじいちゃん先生で、もう亡くなられてんですけど。
みんなポップスを歌うんです、9割がた。
そうしたら、そのおじいちゃん先生が「わしゃ、教えきれん」って言ったんです。
僕もその時はポップスを歌ってたんですけど、もうみんな辞めちゃって、10人位しか残らなかったんです。

サワコさん
先生は1人しかいなかったの?おじいちゃん先生1人?

氷川さん
そうなんです。それでちょっと可哀想だなって思って。

そのおじいちゃん先生に演歌がいっぱいあるんで、覚えてみないかって言われてやるだけやってみます。覚えてみますって言って。

サワコさん
それまで演歌は聞いた事あったんですか?

氷川さん
なかったんです。

サワコさん
歌ったこともなかった?

氷川さん
なかった。


サワコさん
お父さんも歌ってなかった。

氷川さん
なかった

サワコさん
でも、逆に先入観がなかったんですね

氷川さん
そうですね、先入観がなかった。

サワコさん
歌ってみてくれと言われた歌が?

氷川さん
鳥羽一郎さんの兄弟船。すごく新鮮に感じて

サワコさん
イヤだとは思わなかったんですか?

氷川さん
なんか・・・こう、オシャレ系ではないな・・・っては思ったんですけど

サワコさん
今風じゃないな

氷川さん
そう、今風じゃないな。でもなんか人情とか、ハートを感じたんですね。
たった一人のおふくろさんに楽な暮らしをさせたくて、とか。誰かに何かをしたいというストーリー、歌詞にジーンときて、だんだん好きになってきて演歌っていいじゃんってなって。


サワコさん
それでそのおじいちゃん先生はコブシとか発声のしかたとか教えて下さった?

氷川さん
教えてくださいました。

サワコさん
初めてだったんでしょ?

氷川さん
はい。コブシが何なのか分からなかったので。
コブシがまわらなかったのでずーっといろんな人の演歌を聞いて

サワコさん
最初はできないもんなんですか?

氷川さん
できなかったです。からぶっちゃって

サワコさん
からぶりすんの?

氷川さん
はい、演歌ってホントに芸術的な音楽だと思うんですよ。節を回して一つの音楽を作るじゃないですか。難しいな、奥が深いなと思いまして。だんだんハマっていって、オーディションを受けまくって、高校卒業間近にBSの勝ち抜きの番組に出て、そこで僕の師匠である水森英夫先生が東京に来ないかってスカウトしてくださって上京して。

サワコさん
ー1
8才、たった一人単身で上京して、お母さまが心配されたんですよねー

氷川さん
ーひとり息子で母にべったりだったんで。

サワコさん
甘えん坊だったの?

氷川さん
甘えん坊です。おかあさーんって。小学校4年生くらいまで一緒に寝てたくらいですから。
父親から一緒に寝るなって言われてなんでだろうって思って。「お前は男じゃけん、1人で寝ろ!」て言われて泣いた記憶があります。

サワコさん
要所々々で泣いてるな

氷川さん
結構泣いてます。


サワコさん
上京からデビューまで結構時間があったんですよね

氷川さん
3年半です。

サワコさん
何をしてたんですか?

氷川さん
上京して1年目の時は発声練習のみで2年目から歌が歌えるようになりました。

サワコさん
1年間ずーっと発声練習なんですか?

氷川さん
はい。それで2年を過ぎた頃にいくつかの事務所にデモテープを送って、「決まったぞ」って先生に言われたんですよ。でも当時は着物を着てらっしゃる女性演歌歌手がメインだったので、「男の子の演歌歌手を売る自信がない」って言われて、いったん決まったんだけど、一週間後に断られて。
僕は舞い上がっちゃてて母に電話して、「よかったね、頑張ったね」って言われたんだけど一週間後に
キャンセルになったと連絡して。


サワコさん
ようやくデビューしたのが、♪やだねったらやだね、ですよね。
はじめ聞いた時はどう思われたんですか?

氷川さん
ぼくは、もうちょっと洒落た曲がデビュー曲かなと思ってた。


サワコさん
例えば?

氷川さん
歌謡曲系の。

サワコさん
でもそのデビュー曲がヒットとして紅白歌合戦にも出て。

氷川さん
デビューして10ヶ月で

サワコさん
この急展開って、この勢いはご本人の中ではどうだったんですか?

氷川さん
僕は何が何だかわかってない状態でした

サワコさん
それから1日3時間睡眠とか、苦手なバラエティとか

氷川さん
バラエティ番組で投げ飛ばされたりとかして、こんな事するんだとおもった。でもそれが美味しいとこなんですよね?

サワコさん
まあね、芸人さんにとってはね。

氷川さん
投げられて、🎤やだねったらやだねってやりなさい、みたいなことありましたし。

サワコさん
心の中ではほんとに「やだねったらやだね」だったの?

氷川さん
心の中ではね。
極楽の加藤さんに投げてもらったんです。
ありがたいです、今思えば。
もう一回投げてもらおうかな。

サワコさん
縁起物で?

氷川さん
縁起物


サワコさん
ただ、その「やだね」からはじまって、その次に、「やっぱりね、そうだろね」っていう
必ずキャッチフレーズ+フラメンコ調とか、タンゴ調とか南米調。
いろんな衣装を着て

氷川さん
楽しかったです、刺激的で。
いろいろやりたい方なんで。



ときめきのルンバ(2009年)ラテン調
虹色のバイヨン(2010年)アラビアン調
情熱のマリアッチ(2011年)メキシカン調


サワコさん
出てくるたびに私は驚きました。この方は演歌歌手なのかと。
不思議な歌を歌う方向に向かっていって

氷川さん
よく言われました。
フリースタイルでいいんだなと思いました。
演歌歌手だから、こうしないといけないのかなとか思いすぎてると、その枠の中から何もできなくなっちゃう。
はみ出るぐらいでいいのかなと。
自分が楽しんでたら、お客様も楽しんでくださるかなとか。
一人っ子なんで大人の顔色をうかがいながらずーっと育ってきたんで、どっかで気になっちゃう。
人の目とか、どういう風に思われてるのか。
でもそこばかり気にしてたら、自分の好きなものが選べなくなっちゃうんだなーって。
去年アニソンに挑戦させていただいたんですよ。

サワコさん
アニソン?

氷川さん
ご存知ですか?
アニメソングです。

サワコさん
あー、アニソンっつーの?
ばーちゃんは知らなかったよ

氷川さん
ばーちゃんって、まだお若い。

サワコさん
かーちゃんと一緒だからね。

氷川さん
あーそうか、でも、きれい。
顔がちっさいですもん。

サワコさん
-あんた、年寄殺しよ、やめなさい。

氷川さん
アニソンを歌わせてもらったら、ほんと気持ちよくって。
いいんだ気持ちよくって、楽しくなっていいんだと思って。
そっから、いろんな事を表現していこう、表現者として、アーティストになっていこうかっと思いました。
すごくおこがましいんですよ、でも40才なので楽しみながらやっていかないと。


サワコさん
演歌歌手としてどんどん、どんどんどこに行っちゃうんでしょう?

氷川さん
ねっ、どこに行くんでしょう、ほんと、どっかに行っちゃいますよ

阿川さんこれからどういう風にしたいと思います?僕を

サワコさん
はい?

氷川さん
歌手として、自分のことってわかんないんですよね

サワコさん
いや、今、全部がわかりました。歌手としてもフリースタイルなんだ。これをどんどん伸ばしたら。何?この新曲って言うのもちゃんと歌いこなすみたいな。カンツォーネ系とか

氷川さん
いいですねー

サワコさん
オペラ系とか

氷川さん
あっ!今度、バラードの曲が出るんです。

サワコさん
バラードを歌うって事はあまりないんですか?

氷川さん
オリジナルでなないですねー

サワコさん
そして忙しいのが20年続いて、うちに帰ってもただ寝るだけの生活。

でも、お料理が上手だとか?

氷川さん
お料理を作るのは元々好きでした。

母が具合が悪い時は作ってあげたりとか

サワコさん
子どものころから作ってた?

氷川さん
はい。あとサービス業が好きなんで飲食店とで働いてました。いらっしゃいませようこそ、何名様でいらっしゃいますか?


サワコさん
そんな事やってたんですか?

氷川さん
はい、やってたんです。厨房も案内もやってました、好きでした。

薬膳鍋とか美容にいいって聞いたので作ります。


サワコさん
友だちを呼んで?

氷川さん
はい。家にあるのもで作ります、カニカマがあったので天津丼を。

あんかけが難しんですよね、オイスターソースをいれるんですね、鶏ガラと。

主婦感覚で、あるものでつくるという。


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サワコさん
では、2曲目を教えてください

今、心にく曲


氷川さん
ヨイトマケの唄です。一昨年でしたかね?紅白歌合戦で美輪さんが歌ってらして。

すごい歌だなーと思って感動したんですね、涙が出てきて。自分の人生と重ね合わせて聞いちゃって。ぼくの両親もすごく一生懸命働いて僕を育ててくれて。
父がタクシーの運転手をやって、母はいろんなパートをやって。
中学生のころぐれるにぐれれなかったというか、親が一生懸命働いてたから。

サワコさん
見てたから?

氷川さん
はい

サワコさん
でも可愛がれるから重荷になるっていうことがあるでしょ?息子って言うのは。

氷川さん
んーー、っていうか、じゃあ誰が養っていくの?っていうがありました。
中学の頃から。
2人が年をとった時に誰が面倒を見るのか、守るのかという時に自分しかいないので、ちゃんと職業も決めないといけないとかいう風に思ってたんでしょうね。


ヨイトマケの唄


サワコさん
ー強烈でしたね

氷川さん
強烈でしたね。今このヨイトマケの唄も練習してて

サワコさん
練習してんですか!

氷川さん
歌わせていただきたいなーと思って

サワコさん
きよし流、ヨイトマケの唄も。
今、お父様お母さまも福岡にお住まい?

氷川さん
ホントは一緒に住みたいんですけどね、慣れないみたいで。
父はたまに様子を見に東京に来てくれます。
いつ来るかわかんないんですよ、コンサートの時も北海道に急に父が来たりとか。
楽屋にいきなり「きよし」って。フリースタイルな父だなと思って。


 
 ご両親思いの優しい氷川さんでした。
あまり詳しくは語られませんでしたが、ご苦労されたのかな?
益々のご活躍を期待しています。